スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

はじめての

8耐観戦は、たしか 1991年 だったと思います。
レース仲間の友人達と、金曜日から観戦に行きました。

朝5時くらいに、鈴鹿に着いたのですが、既に大渋滞で
鈴鹿サーキットの駐車場にクルマを停められるはずもなく
民間の駐車場に3日間クルマを停め、そこで寝泊りしながら
はじめての鈴鹿8耐というレースを観戦しました。

当時の駐車料金は、はっきりとは憶えていないのですが
万単位の金額だったような記憶があります。

決勝当日の 鈴鹿サーキット は
予選日から降り続く冷たい雨にもかかわらず
自由席でも座る場所を探さなくてはならないほど
人で溢れかえっていました。

逆バンクコーナー辺りの土手に作られた
丸太の席に座り、RS Taichi の黄色いポンチョを着て
寒さに震えながら、観戦したのを憶えています。

その 1991年 の優勝車両が
この、OKI HONDA Racing Team の 11号車
ワイン ガードナー選手 / マイケル ドゥーハン選手組の
ホンダ RVF750 (RC45) です。


FI2622254_1E.jpg

雨が降ったり止んだりの、悪天候の中
S字コーナーから逆バンク、そしてダンロップへと駆け上がる
世界GPライダーの走りを観て、世界にはこんなに速いライダーが
沢山いるんだなあと、強く感動したと同時に、自分たちには
どうして、あんな風に速く走る事が出来ないのだろうか・・・
と、落ち込んだような憶えがあります。

で、肝心なレース展開は、実はあまりよく憶えていないのですが
トップを走っていた、ネスカフェ ヤマハ の ケビン マギー選手 が
目の前で転倒し、再スタートする姿が、記憶に残っています。
たしか、それで全てが決まったといった、レースだったと思います。

はじめての8耐観戦は、とにかく感動しましたが
それよりも、雨で寒くて、太陽が出れば蒸し暑いといった
とても辛い観戦だったという思いのほうが、強いです。

その数年後、台風直撃の8耐も経験しましたが
やはり降ったり止んだりというのが、一番キツかったです。

と、今回も話がそれましたが・・・

今回、この RVF750 でデモ走行を行ってくれたのは
1991年の優勝者、ミスター8耐 こと ワイン ガードナー さんです。

デモ走行は2周で、ガードナーさんは最後に出走したのですが
2周目のホームストレートで、平さんの YZF750 をぶち抜いて
この2コーナーに戻って来たと思ったら、ペースを落として観客に手を振り
その後は、ウイリーで走り去って行きました。

まだまだ元気な ガードナーさん、きっと今走っても
かなりのペースで走れるのでしょうね。
たまにサーキットを走ったりも、しているのでしょうか。
また、何かのイベントの時には、デモ走行をして欲しいですね。

というわけで、今回は ガードナー さんの 8耐デビューチーム・・・


FI2622254_2E.jpg

モリワキ の写真を載せたいと思います。

#19 MORIWAKI MOTUL Racing
スタートライダーの 山口 辰也選手 です。
マシンは HONDA CBR1000RR で
タイヤは ダンロップ です。

昨年の8耐では、序盤で他車と絡んで転倒してしまい
マシンが大破、ライダーも怪我をしてしまいました。
一昨年の8耐 でも、やはり転倒で、追い上げの展開と
ここ数年ツキのない モリワキレーシング でしたが
今年の8耐は、今までとは違いました。

事前のテスト不足で、トップグループには絡めないものの
山口選手 は安定したペースで、周回を重ねます。

しかし、序盤でアクシデントの多かった、今年の8耐。
完璧に仕上がっていないマシンでは、トップ争いは難しいと判断した
森脇 護監督 は、リスクの少ない状態で走りを続ける作戦に切り替え
山口選手 にペースダウンを指示したそうです。


FI2622254_3E.jpg

そして、ペアライダーの レオン キャミア 選手 も
山口選手 と同様に、順調に周回を重ねます。

他車が転倒やトラブルで脱落する中
無理な追い上げをしない作戦が成功し
1時間終了時点で17位だった順位は
4時間経過した時点で、8位まで浮上します。


FI2622254_4E.jpg

その後の4時間も、モリワキレーシング は
トラブルもなく、順調に周回します。

レオン キャミア選手 は、7時間を経過した最後のピットインで
燃料の補給を済ませ、そのままライダー交代せずに、夜間走行もこなし
最終的には、212周の周回を重ね、チェッカーフラッグを受けます。

淡々と8時間を走り終えた モリワキレーシング は
5位入賞という結果で、8耐完走を果たしました。

トップ2台は216周で完走していますが
実は、今年の8耐で216周 (1,254km) を
走り切ることができるマシンというのは
数台しか存在していなかったそうです。

いくら速いペースで走る事が出来ても、燃費が悪ければ
その周回数を走り切ることは出来ません。

また、無理なペースで追い上げをすれば
当然、他車との接触や転倒などの、リスクも増えます。
モリワキ のような我慢の走り的な作戦も
このレースでは重要な戦略なのです。

来年は、216周を超えるマシンが現れるのかどうか
各チームは、何周を想定して、次の8耐に挑むのか
そういった事を考えていると、また更に、8耐の観戦が楽しくなります。


FI2622254_5E.jpg

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

2007夏も覇者?

PING:
IP:
BLOG NAME
HONDA GYRO Canopy with マイケルドゥーハン・レプリカ
 この暑さじゃ
 屋根付きスクーターもさぞかし暑いんじゃーなかろうか?
 と思ったら
 
 元気一杯で前を走るキャノピー
 ライダーをみたら
 さすが!
 1991夏の8耐を制した男であった
 ドゥーハンだ
 RVF...

こばやんさん
おお!土曜日に移動していましたか!
それは怖ろしい・・・。

毎年楽しみな鈴鹿8耐ですが・・・
ああいう8耐は、出来ればもう体験したくないです。なはは。

こんにちは^^

嵐の8耐

忘れもしません...

土曜日に広島から鈴鹿に車で移動しましたが。。。

今、考えると非常に無謀なドライブでした。

> うちはサーキット横のゴルフ場

僕もモリワキ近くの臨時駐車場で車中泊だったと思いますが

非常に車は揺れて恐ろしかったです(泣^^)

こばやん^^

こばやんさん
おお!嵐の8耐、現地観戦に行かれましたか!!
あの年は土曜日が大変でした。予選は中止になるし・・・。
うちはサーキット横のゴルフ場で車中泊だったのですが
テント泊の人達は、近くの体育館に非難していました。
強風で電信柱は倒れそうだし、車は揺れるし
外にも出れないし・・・と、恐怖の夜を体験しました。(笑)
サーキットの駐車場が、出入り自由になったのは、あの年だけですね。

94年は多重クラッシュで炎上して、赤旗中断な年だったでしょうか。
たしか、マシン交換が認められたけれど
大治郎選手はTカーがなくてリタイヤでしたよね・・・。

今後の8耐は・・・鈴鹿サーキット次第でしょうか・・・
もし、もう一度F1を呼ぶためにコース改修を行ったら・・・。

こんばんは!

ガードナー懐かしいです^^.

僕も雨の8耐(1991年)、台風の8耐(1997年)は見に行きましたよ。

雨の8耐はガードナー、ドゥーハン組が速すぎ...凄すぎでした。

台風の8耐は応援する宇川、伊藤ペアの優勝で大喜び...

とても記憶に残ってます。

レース内容は全然覚えておりませんが(笑)


そんな中、僕が一番記憶に残っているレースは

赤旗の出た1994年...

・宇川8耐初参戦→オイルで転倒→ヘリで病院搬送

・スライト、ラッセル(前年度優勝コンビ)の最終ラップ
最終コーナー迄続いたテールトゥノーズの争い

宇川選手は可哀想でしたが...非常に面白いレースでした!

こばやん^^

P.S.:GPライダーから日本人主流になってきた鈴鹿8耐...

今後はどうなっていくんでしょう...

TOMOさん
観ている方は目が回ります!?(笑)
てか、僕が3日間かけて走った距離を
この人達は8時間で走っちゃいます・・・。なははー。

canさん
健在ですね! レース終了後に
ヨシムラのスタッフが表彰式で貰ったシャンパンを
モリワキのピットに届けたそうです。粋ですね♪

216周ですか~。
目が回りそう!!(←って回りませんね…。笑)

イエローとブルー
いやーモリワキカラー健在ですね
アーカイブ
ジャンル
Blog検索
新着コメント
リンク
HRC
YAMAHA
天気予報
ドライブコンパス
プロフィール

kamezo.

Author:kamezo.
 
メンテナンス中なので
新着コメントリストの順番は
気にしないで下さい。

カメゾ@coral.plala.or.jp
(↑kamezo )

QRコード
QR
メール

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。